ゴミ拾いの楽しさと、ゴミ拾いアプリ(SNS)の存在について

私は現在、ゴミ出しの日に合わせて、週に3回ほど散歩をしながら1時間を目安にゴミ拾いをしています。

好きな音楽を聴きながら、早朝にトングを使って楽しみながらゴミを拾っています。

ゴミを拾っていると時間の進み方が早く、没頭(ぼっとう)しながらそれに取り組めます。

また、朝の早い時間は、私以外にも掃除をされている方がいて、その方と挨拶をしたり、ご近所の方から「いつもありがとうございます」とか、

たまに遠征して別の町のゴミ拾いをしている時に、「(ゴミを拾っていることに対してだと思うのですが)凄いですね」と声をかけていただいたりと、嬉しいこともあります。

近所のゴミ拾いの日は、準備のために朝の4時に起きる必要があるのですが、ゴミを拾っていると自分の心が気持ちよさを感じられるので、やめられないものがあります。

なので、ゴミを拾い始めた当初はゴミ拾い自体を純粋に楽しめていました。

他にも、ゴミ拾いを行っていると、色々な事が分かってきました。

 

①コインパーキングにはたくさんの吸い殻や空缶やペットボトルが落ちていること。

②ゴミの中では、タバコの吸い殻の臭いが一番臭いこと。

③ゴミを拾うようになってから、普段、外を歩いていても、落ちているゴミに気が付くようになった……等々。

 

そんな感じで、お友達とスカイプで話している時、ゴミ拾いのことが話題になり、そこで、「ピリカ」というゴミ拾いのSNSがあることを教えてもらいました(ピリカはアイヌ語で「良い」「美しい」「きれいだ」「立派だ」「 豊かだ」という意味)。

さっそく、アプリをインストールして活用してみました。はじめの頃は淡々と、拾ったゴミの画像をアップしているだけでした。

少しするとそこに、他の方からの「ありがとうボタン(Twitterでいうところの♡のようなもの)」やコメントが書かれるようになりました。

私は、それが嬉しく、段々とピリカにのめりこむようになりました。

前は、ただ、ゴミを拾うことが楽しかったのに、それが、

①「いかにたくさんゴミを拾って、映(は)えた画像をアップするか?」

②ありがとうボタンを押してくれた方へのお返しのありがとうとコメントをいかに書くか。

……という方向に目標が変わっていってしまいました。

挙句(あげく)の果てには、ゴミ拾いの時間よりもピリカの時間の方に時間を費やすことのの方が多くなってしまいました。

アプリの存在によってゴミ拾いは、ゴミを拾うという目的よりも、私の自己承認欲求を満たしたり、自分がマウントを取りたいという欲求を満たす目的のためにエネルギーを費やすという形になってしまいました。

 

「これは本末転倒だ……。」そう感じた私はピリカアプリをアンインストールすることにしました。

SNSは上手く使えれば楽しいツールですが、使い方を間違えると、時間をたくさん使ってしまったり、それが負担になってストレスにつながってしまったりすることを、学ばせていただきました。

ピリカを止めた今は、以前のように一人でゴミを拾い、誰かにそれを見せることは無くなりましたが、誰も見てなくても良いと考えています。

そこはもう一人の私がしっかりと見ていると思いますので。

それだけで十分なのです。

 

次の日記→【一風堂】【アプリ】【500円】一風堂のアプリを使ってラーメンを食べてみた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です